2006年06月05日

プラトーの時代の特色

以前、●ピークオイル否定論者からの「便りがないのは悪い便り」、と書いたことがありましたが、もう一度書いて見ます。

懐疑論者が引き起こす論争、つまり今がピークに達しているのか、まだこの先に一山も二山も(あるいは経済学者が仮定しているように永遠に目の前に山が)あるのか、の論争は脇においておきましょう。

現在はプラトー(高原)状態に達しているのかどうかの現状認識については、比較的論争が少ないと思われます。
プラトー状態の特徴について考えてみましょう。
  −−−
1.まだピークだというコンセンサスには到達していない

2.(ハリケーン・カトリーナや石油施設を脅かすテロ?などの供給不安を起こす出来事によって)石油価格が不安定な上下動を起こしている

3.危機管理が行われていない
 −−−
こういう指摘で良いでしょうか?だとすると、まさに、一部の国(スウェーデンは2020年の脱石油社会を目指す)や一部の人(ピークオイル派/悲観派)が騒ぎ出したことをもって、プラトーにまでは来ているとの共通認識が育まれるはずです。

そして、プラトーに滞在している期間が長くなればなるほど、「経済的な地震」が起る確率は高くなっていきます。

つまり経済学とは「美人コンテストの投票」行動だったはずですから、「悲観」派の懸念する未来の崖(cliff)についても「合理的な期待」であるという共通認識がじょじょに形成されることから、ピークオイル説を近い未来に事実とみなして対応を提起することが正統な経済学者の行うべき行動となります。

彼ら、経済学者は一部でもその勤めを果たしているでしょうか。
posted by おぐおぐ at 22:20 | TrackBack(0) | 哲学(時代認識/エネルギー論) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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