2008年10月15日

なぜ市場に任せるのではなく需要側政策が必要か(完結編)

 (初出10月4日)

オイルドラムより
「需要の崩壊で、より脆弱になるシステム」という記事がありました。
Oil Demand Destruction & Brittle Systems
http://www.theoildrum.com/node/4411
 から全体を無断仮訳しておきます。
−−−−
 昨年米国は日産数十万バレル分もの需要を削減させたのだから、我々は今や供給量の中断にそれほど敏感ではなくなっていると、オイルドラムや他所で多くのコメントを私は受け取ってきた。

 一般的には、自分自身が効率を上げ「浪費的な」石油消費を止めることによって、石油供給の中断や、信頼できない海外の石油に依存することから自分自身を切り離すことが可能だ、という感覚を人々はもっている。

 私の意見ではこれは逆だ。この記事では、自由市場経済の中では需要の中でも最も削減しやすい需要がまず崩壊するため、結果として需要側はより弾力性がなくなり、より脆弱になり、より供給の中断によるシステミックな(組織的、系統的)ショックを受けやすくなるのだ、ということを議論しよう。

 まずは、システムをレジリエント(回復力がある)にしたりブリトル(脆弱)にするものは何なのか、を議論しよう。そしてなぜ、市場に導かれる需要崩壊ではシステムがより脆弱になってしまうのかを説明しよう。

そしてエネルギー供給が減少する近未来における、エネルギーで動く我らの経済の回復力をどうやって増やせるかについての考察を最後に述べよう。

demand_elasticity.JPG
図1.需要崩壊の後の、各要素の弾性値
 市場主導の需要崩壊の理論モデル 最も高い弾性値の需要がまず崩壊するという理論を示したもの。
残る需要が全体としてより弾性的ではなくなっていく結果となる。Eの値は、相対的な弾性率であり、実際の需要に対する価格弾性値の意味ではない。何がシステムをレジリエント(回復力がある)にしたりブリトル(脆弱)にするのか?

 ショックを効果的に吸収できないなら、そのシステムは脆弱である。トランポリンの網と窓の板ガラスを比べてみよう。板ガラスは動かないままで、かなりのショックを受け止めることができるが、ある点でもう吸収できなくなり割れる。これは脆弱という。
 これに比べトランポリンの網はもっと小さな衝撃でも動くが、変形して伸びることで、ガラスが破壊するよりもはるかに強い応力がかかるまでは壊れ(裂け)ない。トランポリンは回復力がある。この「脆弱」と「回復力」は経済と金融市場にも同じように当てはまる。

脆弱なシステムの問題

 経済や金融のシステムが脆弱なときには、ショックや続く応力、つまり例えば地政学的な石油供給の中断や地質学的なピークオイルという圧迫する問題の衝撃を吸収できる度合いは少ない。
 システムに回復力があるときには、そのような衝撃を吸収し、下位のシステムに応力を緩和したり、なくすための再編のための時間を稼ぐことができる。
 しかしシステムが脆弱なときは、元の形に跳ね返る点を越え、粉々になりやすい。経済システムが粉々になるとき、「崩壊」と呼ばれるが、システムは不況と分解の下方螺旋に入る。これは脆弱なグローバル経済システムに圧力をかけ、結果として経済や社会の崩壊にすらつながりかねない、その触媒となるピークオイルの悪影響についての「最悪ケースシナリオ」の一つである。

 このため、何が我々の経済システムを脆弱にしたり回復力があるようにするのか、そしてどのようにすれば個人の経済選択や政治/政策選択がシステムの性格に影響を与えることができるかを理解することは重要である。
 この記事では、特にどのように原油の需要崩壊がシステムの石油需要の弾性値を変えるか、そしてどのようにそれが我々の経済システムをより脆弱にしていくかを見ていこう。

なぜ需要の崩壊がより脆弱なシステムを作り上げてしまうのか

 この理論の基本的なメカニズムは、石油の消費の削減を強いられたとき、個人と集団としての市場は最も自由裁量の効く需要から削減するということだ。その結果、個人と企業、経済にとって、一単位の石油で生み出されるGDPや生活の質で測った時により価値があるものが残った消費になるだろう。
 この残った需要はより非弾性的である。家庭であれ産業であれ、国であれ、その石油の需要がより非弾性的になるにつれ、より供給の中断にさらされやすくなる。

 例えば、アメリカ経済は2007年に約2千万バレル/日を消費したが、例えば(イラン戦争のような)地政学的な5百万バレル/日の一時的な減少に対しては、需要崩壊により1千万バレル/日しか消費しなくなった未来のアメリカ経済よりも脆弱ではないのだ。
 そのわけは、未来のアメリカ経済はもっとも価値が低くもっとも自由裁量が効く1千万バレル/日分の消費を削減してしまっており、残りの1千万バレル/日分の需要はより減らしにくいからだ。

(以下、追加部分)

市場主導の需要の崩壊は、「市場の失敗」の一例か?

 最も弾性率の高い需要からまず削減されという自由市場の傾向は、ある種の「市場の失敗」のように見える。つまり市場の行動の長期的な結果として市場メカニズムの目標と相反する方向に進む例だ。
 古典的な「市場の失敗」は、市場が短期的な利益を最適化するために行動しようとする一方で、現在の意思決定分析において長期コストを適切には含めることができないため長期的な大問題を起こすことが原因だ。

 私たちは、低所得者層の住宅購入者にどんどん信用を与える競争が今日の「クレジットクランチ」を引き起こしたことの中に「市場の失敗」を見る。そして私たちは今、最も弾性的な需要が最初に崩壊することの中に、同様な市場の失敗を見るだろうと予言しておこう。その結果、ますます将来の供給混乱に対する脆弱性が増えるだろう。残念ながら、これはちょうど最近私が地政学的なフィードバックループについての記事の中で議論したように、供給の中断がより著しくなるにつれてますます起こるようになる。

 弾力のなさを測る:単に価格だけの問題なのか?

 需要の弾力性の標準的な指標は価格の関数としてである。残念ながらこれはシステムの回復力に関する衝撃の良い指標ではない。
たとえ石油価格が低下しても、その価格低下の原因が高値の結果の経済低迷に伴う、最も弾性的な石油需要の削減によるものであった場合、需要の非弾力性は増加しうる。
これがまさに今起こっていることだということが示されている。少なくとも米国では高い価格が需要の破壊を引き起こすが、その需要は最も弾性的な需要であるようだ。需要の非弾力性がシステムの回復力に与えるインパクトのよりよい指標はおそらく、可処分所得の中央値に占めるその価格の比率だろう。


CDS(クレジットデフォルトスワップ)システムと需要崩壊を比べる

 急激に膨らんだCDS市場がつくったシステムの脆弱さを、市場が主導した需要崩壊による需要の非弾力性の増加傾向と比べるのが有益だろう。
私はFinancial Wizardry & Collapseに、この金融世界の暗い一面について短い解説を書いたことがある。端的に言えば、企業の社債がデフォルトするリスクを非常に薄く広く広げることにより、ある程度までは大きな失敗を吸収することができるため、グローバルな金融システムは表面的にはより回復力があるようになった。
しかし、システムは互いに繋がっているため、数多くのデフォルトのティッピングポイントをどこかで超えると、全体のシステムは一度にクラッシュする。
結果は、実際にははるかに脆弱なシステムとなったのだ。

クレジットデフォルトスワップ(CDS)システムは、市場が主導する石油の需要崩壊が原因となる脆弱性をどのように減らしうるかを理解するために、いくつかの点で有用である。

CDS(NHKの番組での解説)
http://jp.youtube.com/watch?v=8Ss_S6w7Iww

 CDSシステムにおいては、個別企業や発行者が、企業社債の生存率の賭けをする。彼らがエクスポージャーのレベルを選択する権力を持っている。もちろん、利益を最大化するためにデフォルトに対するエクスポージャーを最大化することによって、利益を最大化しようとする傾向がある。
 しかし参加者のほうは、手持ちの全てのポジションが同時にデフォルトになる場合の衝撃を吸収できるようにするために、全体のエクスポージャーを安全で低レベルに維持しながらシステムに参加することができる。
ここからエネルギー需要の非弾力性におおまかに適用できる教訓とは、最も非弾性的な消費源の供給の混乱へのエクスポージャーを最小限にするべきであることのように見える。
 例えば、もし灯油による冬季暖房が非常に「重要」(なため非弾性的)な消費源であるのであれば、通勤ガソリン車をプラグインハイブリッド車に変えるよりも前に、より信頼できるエネルギー源(例えばパッシブソーラーデザインにし、断熱材を追加するなど)に転換することには意味がある。

このことはまた、電気と天然ガスの使用にも当てはまる。例えば農家が帯水層から水を汲み上げるのに電気ポンプを使っているなら、その電力は非常に非弾性的な需要源であることがありそうだ。このエネルギー消費源を天水農業に転換することができるのであれば、全体の需要弾性率を高めることになる。

 これは(補助金や研究開発資金などの)市場的、非市場的インセンティブが推し進めようとするものに対する反論となっているように見える。(このプロセスが市場の失敗と、中央集権的な計画政策を薦める良い候補となっている理由の一つなのだが。)
これはちょうど、供給ショックを吸収できるより弾力的で自由裁量の効く石油の消費源を維持し続ける一方で、最も非弾力的な石油需要(上図の赤い部分)を再生可能で地域的な代替エネルギー源や省エネの施策に代替することにより、米国がシステムの回復力を実際に増やすことができる、その一つの例である。


効率化はどうなのか?

 効率の改善は、非自発的な市場に導かれた需要破壊と同じ効果をもたらすだろうか?おそらくは。
 もし効率化対策のペースが石油の希少性を減らすなら、結果としてより脆弱ではないシステムに変わるだろう。しかし、ここには負のフィードバックが働き、全体の石油の希少性が減少するほど早く効率が向上することにより、効率向上への投資を動かす刺激(高い価格と希少性)もまた無くなってしまう。

結論

 最近の需要崩壊の結果として、米国経済はますます供給のかく乱によるショックに敏感になっている。中国、インド、ロシアそしてその他の途上国での成長経済では、需要崩壊のプロセスが米国でほどには明確ではないものの、グローバル経済もある程度それにつながっている。
米国における需要崩壊のプロセスは、市場の失敗の古典的な例であるように見える。明らかに「不必要」であったり馬鹿げた消費を削減できないという意味ではなく、市場シグナルのみに従うことによって、ますます残る需要の弾力性がなくなり、カタストロフ的なシステムの失敗に近づくという意味だ。
 アメリカ資本主義の正統派(確かに正しい行いではないとしても)に対する破門であるものの、いかに非市場的メカニズムを使ってシステムの回復力を増やすために計画しなければならないときだろう。
 国レベルではこれは起こりそうにはないものの、回復力を増やす必要性は規模によらない。個人、共同体社会、生態系をなす地域、国々はみな、どのレベルでも回復力を増やすことにより利益を得ることができる。
私は以前、回復力を増やすための一つの方法を−システムの回復力を「喰らいつくす」成長の問題として述べたことがある。
この記事では、私は再び、最初に私たちの最も非弾力的な需要をまず信頼できる、地域発の、再生可能なエネルギー源に転換させる政策プログラムを提唱した。
 この記事に「なーんだ」という点があるとすればここだ。石油需要の最も弾力的な要素についての実行可能で安定的で再生可能な代替物を作ろうとするのではなく、もっとも非弾力的な需要をまず転換することに補助金や研究資金を集めることで、よりよく対応できるのだ。
 もっとも非弾性的な需要源をまず代替したりなくすことに必要な政策と補助金を実施せよ、それは市場が一番しそうなこととは全く逆ではあるものの、システムの回復力を増やす最良の方法である。

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posted by おぐおぐ at 00:35 | TrackBack(0) | 哲学(時代認識/エネルギー論) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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